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陽子は私の唇をなぞる。
「倫太郎さんは,いつも私の中にいる」
「……」
「私のいる時間,私のいる空間。……私の世界。そこに倫太郎さんはいつもいる」
「風の匂いがする時,花びらの散る音が聞こえる時,夕日が空を紅く染める時,唄を口ずさむ時,子犬の頭を撫でる時,思い出に感傷的になる時」
「いつも、いつも倫太郎さんは私の側にいて,微笑んでいる」
「うそじゃないのよ。倫太郎さんの声が聞こえるの。体温が感じられるの」
陽子は私の顔を覗き込みながら,クスッと笑う。
「おかしいね。倫太郎さんはここにいるのにね」
風がざわめく。
私は,ぼんやりと雲が走るのを見ている。
「もうすぐ。もうすぐ同じ場所に居れるわ。きっと。もうすぐ」
小雨が降り始めた。
「あら。雨」「戻りましょうか」
陽子は相変わらず私の唇をなぞりながら,空を見上げる。
「もう少し待ってくれ。このままで」
私はこのひと時を,安らかに満たされているこのひと時を,失いたくなかった。
永遠にしたかった。
「いいわよ。待つのには慣れているから」陽子はもう一度,クスッと笑う。
「ふたりの間に時間はないわ」
遠くでざわめく声がする。病院の建物が小雨の中にかすんでいる。
白い教会のように見える。
「まだ,始まっていないんですもの。いつまでも待つわよ」
犬の鳴き声が聞こえてくる。
声が遠くなっていく。私はあの日のように眼を閉じる。

 完

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2008.08.31 Sun l 小説・桜の花嫁 l コメント (4) トラックバック (0) l top
「倫太郎さん」
桜の木の下に ひまわり模様のワンピースを着た陽子が立っていた。
あのおばあさんの娘姿、通夜の日の孫娘。
もうどうでもよかった。疲れた。女が掴んでいた手を離す。
私は,とにかく眠りたかった。
私は腰を下ろすと、桜の木にもたれて眼を閉じる。
女の声が聞こえる。
「最近はパラノイア…、だいぶ落ち着いてきてますから」
「退院はいつ」「もうじきですよ。そんなにはかかりませんから」
頬を撫でる風が気持ちいい。
女が去っていく足音が聞こえる。
あれはいつだったろう。懐かしい感覚がする。
この風の匂い。この静寂。
優しさにつつまれたような空間。
遠い昔,思い出せない程の昔,こんなひと時を過ごしたような気がする。
時が止まっているような感覚だ。
「倫太郎さん?」陽子の声がする。
私は,うっすらと目をあける。
陽子は微笑みながら,私の隣に腰を下ろす。
「膝枕。してあげましょうか?」
「ああ」
陽子のぬくもりが伝わる。
陽子の鼓動が聞こえる。
陽子の匂いがする。
「私ね,最近,いつも倫太郎さんといる気がするの」
ほんの一瞬、陽子の唇が私の唇に触れる。
心が響く。ふたつの心がひとつになり、柔らかなしあわせにつつまれていく。
「終わりのない愛」何故か私はそう呟いていた。
「そうよ。終わらない。いつも始まり」

2008.08.30 Sat l 小説・桜の花嫁 l コメント (0) トラックバック (0) l top
「ほら、あそこ」「見えますか。あの大きな桜の木の下」
女が私の顔を覗き込むようにしながら、語りかけた。
いつの間にか,出口に着いたらしい。
風が頬を撫でる。後ろを振り返る。
再び戻る事を拒絶しているかのように廊下は暗く静まり返っていた。
女が再び促すように声をかける。
「大山さん。見えますか」
私の前に庭が広がっていた。
中央に噴水池があり、周りにはいくつかのベンチが設置されていた。
そこから、四方に散策路が続いている。その内の一本の散策路の先に大きな桜の木が見えた。
桜の木の下で人影がゆれていた。
顔までははっきりと見えないが,陽子である事はすぐにわかった。
どこからどこまでが現実なのか?もうどうでもよくなっていた。
疲れた。
腕を掴まれたまま、私は桜の木に向かって歩いていた。
その一歩一歩がまるで遠い昔に戻っていくような気がした。
噴水池のあたりまでくると突然,脇の茂みから白い子犬が飛び出してきた。
「あら,リンちゃん来てたの」女が白い子犬に話しかける。
子犬は私の足にじゃれついてどこにも行こうとしない。
時折2、3歩、後ずさりして,どこかに誘うように私を見上げる。
「リン。リン。だめよ」私たちの後ろから,少女が駆けてくる。
白く透き通るようなワンピースを着た、どこか大人びた少女だ。
息を切らしながら,子犬に話しかける。
「だめよ。リン」「今日は始まりの日なんだから」
「おとなしくしてないと」
「何が始まるの」女が少女に話しかける。
「時を超えるのよ」少女は苛立たしげにそういうと,子犬を小脇に抱えて走り始めた。
女は少女の後ろ姿に向かって問いかける。
「何が超えるの。お母さんは」
「愛よ。知らなーい」
女は独り言のように呟く。
「本当にあの子は解らないわ。どこか…。さあ、いきましょう」
私と女はしばらく少女の後ろ姿を追いかけた後、再び桜の木に向かって歩き始めた。

2008.08.29 Fri l 小説・桜の花嫁 l コメント (0) トラックバック (0) l top
複数の私
複数のあなた
不安に満ちた心を化粧し
すれ違う群衆という顔
のどに支えた幸福
よろける程背負った愛の重さ
絡み付く情欲
削られていく人生
いのちが美しいものだなどと
なんと曖昧な
純粋である事が真実ならば
そんなひとつの言葉のよりも
ひとりのあなたのために
カミソリのやさしさを所有したい
風景の過失を許したい
見知らぬ人に告げるさよならのように
私だけの小さないのちを贈りたい
やさしさのための死をだきしめながら
2008.08.28 Thu l 散文 l コメント (0) トラックバック (0) l top

交差点の緑の風
夢を忘れた紙風船
引き裂かれた雌鳥の声
伝言板に書かれた始まりのない告白
拘束された言葉たち
再び人生を始める
あなたを知るために
あなたを名付けるために
木の葉のように落下していく
時間が腐り始める
幸福が溶けていく
約束だらけの朝

2008.08.27 Wed l 散文 l コメント (2) トラックバック (0) l top
「陽子?」
看護婦らしき女は両手で私を支えるように、立ち上がらせながら「そうよ」と言うと微笑んだ。
女は私の腕を掴んだまま歩き始める。
部屋の外にはもう一人,白い服を来た男が立っていた。
男は何も言わなかった。ただじっと注意深げに私を見ていた。
長い廊下を歩いていく。ここは病院だろうか?
同じドアがいくつも並んでいた。
どこからか,笑うような奇声が断続的に聞こえてくる。
廊下の片隅にうずくまり,しきりに両手を絡み合わせる人。壁に張り付きそうに向き合っている人。眠っているのか,横になったままじっと動かない人。
何か,ここは様子が変だ。
「このまま,庭に出ますよ」女が語りかける。
相変わらず,両手で私の腕を掴んだままだ。
部屋の外にいた男も相変わらず,ふたりの後を黙ったままついてきている。
事務所らしき部屋の横に小さな扉が見える。
「大山さん,出ます」部屋の中に向かって,女が声をかける。
扉のロックが解除される音が、かすかに響く。
ふたりの後についてきた男が,扉を開く。
外に出ると。そこにはまた長い廊下が続いていた。
三人は無言のまま、歩き始める。
廊下の突き当たりがうすぼんやりと,白く輝いている。
あそこが出口であろうか。
私は次第に息苦しさを感じ始めた。
身体が震える。
いつまでも,出口には辿り着けないような恐怖と、
出口の向こうに待っているであろう陽子に出逢うことの恐怖で、
身体が震え始めた。

2008.08.26 Tue l 小説・桜の花嫁 l コメント (2) トラックバック (0) l top
あなたの口紅の痕
ほんのりと燃え
心をやさしく侵す
失われていく視力で
南十字星を覗く
落下感覚の中で
あなたの人生を拾う

2008.08.24 Sun l 散文 l コメント (0) トラックバック (0) l top
私は視た
弓形に反った鮪の腹を吹き抜ける風が
緑の花を散らす日
故郷を訪れる足音に震えながら
私は視た
自ら滅びる事を決意した一人の母を
私は視た
紅く染まっていく風景の悲しみの中で
胸に抱いた鋭角の風をあたためながら

2008.08.23 Sat l 散文 l コメント (0) トラックバック (0) l top
私は叫んだ。ちがう。
夢だったのか?
私はベッドの上で跳ね起きる。胸が激しく波打っていた。
周りは白い壁に囲まれて、手の届きそうもない高い位置に小窓がひとつあった。
夢だったのか?
ここはどこだ?
あのおばあさんは?陽子と呼ばれた娘は?
あの公園での出来事は?みんな夢だったのか?あの事故も?
どこからどこまでが夢で、どこからどこまでが現実の事なのか。
私はベッドに腰掛けたまま、考えていた。
全て夢だったのだろうか?始めから、
あの公園も、陽子も。
だとしたら、ここはどこなんだ?
私は誰なんだ?
いや、逆だ。今,私は夢を見ているんだ。
これは夢の中なんだ。
ちがう。私は死んでなどいないのだから、今が現実で公園にまつわる事が夢だったのだ。
ここはどこだ?私は誰だ?
何ひとつわからないまま,私は立ち上がり,部屋の中をゆっくり歩き始める。
ベッド脇に小さな便器が置いてある。あとは何もない。
ドアの向こうに,もうひとつドアがある。
ここはどこなんだ?
私は誰なんだ?
何ひとつわからないまま、記憶の糸口さえ見つからないまま、私は再びベッドに腰掛ける。
疲れた。指一本動かせない気がする程,私は疲れを感じていた。
ドアが開く。
看護婦らしき女性が入ってきた。
「大山さん。面会よ」「陽子さんよ。今日は先生から許可も出ているから、お庭にでれますよ」

2008.08.21 Thu l 小説・桜の花嫁 l コメント (0) トラックバック (0) l top
鳥たちは帰ってきた
血に染まったひなをくわえて
鳥たちは帰ってきた
死んだ海の水平線に
たったひとつの忘れられた言葉のために
鳥たちは帰ってきた
風化されていく足跡の温かさを恐れはしない
かつて母であった海の声を恐れはしない
占われた運命の産声に
固く閉ざされていたやさしさを
言葉という符号ではなしに語ってみたい
廻らぬ舌にて最初の言葉を語ってみたい
落とし物をしたような朝の訪れは
失われていた水平線の愛を思い出させる
鳥たちは 今 帰ってきた

2008.08.19 Tue l l コメント (6) トラックバック (0) l top
空腹な関係が
ひっそりと風に溶かされていく
生きるための失意に
軽く耳たぶを噛んだやさしさが
すり切れた部屋の戸を叩くように
雨が降る
肉体に染着いた愛を引き摺り
故郷に戻ろうとする私の背に雨が降る
殺そう
思い出となった風景は殺そう
惜しむ風景などどこにもないのだ
昨日も 今日も
親密な葬送曲のように
色褪せたハッピーエンドが夢を見る

2008.08.17 Sun l 散文 l コメント (2) トラックバック (0) l top
「倫太郎さん。あなたったら、あちこち擦り傷だらけで汚れていて,びっくりしたわ。でもうれしかった」
「潰れた箱から,真っ白なウエディングドレスをだして、お前は俺の嫁さんだって言ってくれた時は,とってもうれしかった」
娘姿のおばあさんは微笑んでいた。
記憶が鮮明になっていく。
私は,事故をし,ウエディングドレスを陽子に渡し,それから…。
「でも,少し心配だったの。だって、倫太郎さん,そのあとすぐに疲れたから横になるっていって、濡れた地面に腰を下ろすと桜の木にもたれて眼を閉じてしまうんですもの」
声が遠くなっていく。
「そして,私が膝枕をしてあげると、うっすらと目をあけて、もう少し待ってくれと言ったきり、またすぐに眼を閉じてしまうんですもの」
『そう、疲れていたんだ。体中が痺れて、指一本、自由に動かせない気がしていた』
「でも、倫太郎さんの唇を指でなぞると、倫太郎さんの心が語りかけてくるのがわかった」
声が遠くなっていく。あの日のように眼を閉じる。
「決められていたのね。遠い昔から、繰り返されてきた愛だもの」
「何度も。なんども」
意識が失われていく。ぼんやりと、桜の花びらが舞い落ちるのが見えた。
「始まりも終わりもなく」……「繰り返される愛」……
長い影が,部屋を横切る。
「陽子ちゃん。そろそろ戻ろうかね」
「ええ」
おばあさんと陽子と呼ばれた孫娘は、相変わらず 窓際に並んで立っていた。
二人の視線の先には,桜の木があった。いつの間にか小雨が降り始めていた。
私はぼんやりと天井を眺めていた。
『これは夢なのだろうか?』
「それから,ずっとおばあちゃんは倫太郎さんだけを、愛し続けていたって言うこと」
「亡くなってしまったのに」
『ちがう。私は死んでなんかいない』
おばあさんと孫娘は、話をしながら階段を下りていった。
「そうじゃないよ。お姉さんにとっては、お兄さんは今まで生きていたんだよ。愛していたんだもの」
「ふたりの愛は生き続けていたってこと」
ふたりの声が遠くなっていく。
「これからもね」「………」

2008.08.15 Fri l 小説・桜の花嫁 l コメント (0) トラックバック (0) l top
風は寂しい
ガラス窓に吹き付けた愛の吐息
風は寂しい
沈黙する夜の想像力
熱病にかかった季節
風は
寂しい
裏返された幸福
どこかで だれかが
たしかに みつめているような
そんな予感がして
喃語感覚に蝕まれ
血を流す
2008.08.14 Thu l 散文 l コメント (4) トラックバック (0) l top
まるでピエロの人形
凍結した言語をちりばめ
ショールームに引き裂かれていく
まるでピエロの人形
幾多の忘れられた季節に向かって
アルコール漬けにされた想像力は語る
でも まるでピエロの人形
やせたソクラテスのハングリーな魂に
殺された生活
抱き合う事の確認行為の中で
生が美しいものだと語ったのは
生活の戯れ
信じられるものは断片でしかない
ほろ酔い加減の約束された幸福に
帰る処があるのか
まるでピエロの人形
健康な肉の熱を剥ぐカミソリの美しさを
取り戻す事は可能か
肉を嫌悪した生活に
振り当てられた未来に
帰る処が在るのか
まるでピエロの
ピエロの人形

2008.08.12 Tue l l コメント (0) トラックバック (0) l top
「倫………」「倫……さん」「倫太郎さん」
頭の中で誰かの声が響く。
「倫太郎さん」
「倫太郎さん。ごめんなさいね。随分と待ったんだけど,待ちきれなくて,来てしまいました」
「倫太郎さん」
うすぼんやりと人影がゆれる。
「ごめんなさいね」
あの,白い子犬を連れていたおばあさんが立っていた。
ゆらゆらと,陽炎のようにゆれている。
「倫太郎さん」
「ちがう!」私は叫んだ。「ちがう。ちがう」
「私は,倫太郎ではない。私は,私は……」
私は誰だ。私は……、私の名前は。
何かが,私の中で崩れていく。
『私は,ここに住んでいて…』誰と?家族は?年齢は?職業は?
名前は?
『大山倫太郎?』
『ちがう。同姓同名だが別人だ』
「倫太郎さん。許してくれるわよね」
うすぼんやりと陽炎のようにゆれていたおばあさんの姿が、くっきりと見え始めた。
そこには娘姿になったおばあさんが立っていた。
「あの日から60年。倫太郎さんが,お前は俺の嫁さんになるんだと、ウエディングドレスを渡しながら言ってくれたあの日から60年。陽子は迎えに来てくれるのをじっと待っていたわ」
『ちがう』
「でも、もういいわよね。随分と待ったんですもの」
「それに,最近、とっても倫太郎さんが近くにいるような気がしていたの」
「倫太郎さんのぬくもりが感じられる時もあったわ。声が聞こえたような気がした時も」
私の中で、何かが弾ける音がした。
「やっと,倫太郎さんと同じ場所に居れるわね」
『そうだ。あの日,私は』
涙が溢れてきた。
『私は,急いでいた。二人の始まりの日,高揚する心を抑えて、私は急いでいた」
『小雨が気持ちよかった。バイクの音は讃美歌のように私をつつんだ。あの曲がり角を曲がれば公園が見える。その時、道路脇の茂みから白いものが飛び出してきた。ブレーキの音が聞こえ、重力が無くなったように、ふわりと私の身体は宙に浮き、次の瞬間、スローモーションのように落下していった』
私は濡れたアスファルトの上に横たわっていた。白い子犬が顔をなめている。
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
『お前か。怪我はなかったか?』
手足が痺れている。景色がかすんで見える。
『急がなくては。陽子が待っている』

2008.08.10 Sun l 小説・桜の花嫁 l コメント (4) トラックバック (0) l top
なにもいわないでください
拡げた日本地図の現実に
こぼした私の幸福をいとおしく思ってくださるならば
なにもいわないでください
深夜の電話が震える
寂しさにおやすみなさいといいたくて
さよならと日記に書いてみたあの夜
あなたの指は声のように震えていたけれど
なにもいわないでください

2008.08.09 Sat l 散文 l コメント (0) トラックバック (0) l top
嘔吐した壁に染着いた生活を
言葉で語るむなしさに密かに答える呼吸
明日はない
やさしさを求めてみても
廃屋に住む猫のように
遠い昔の幸せを探し歩いた盛り場の夜に
明日はない
朝日を浴びたワイングラスが
不吉に燃えている
悲しいけれどすべては
生きている
剥き出しの美に抵抗しながらすべては
生きていた
不思議な別れが舞い降りる
2008.08.07 Thu l 散文 l コメント (0) トラックバック (0) l top
『こんなことって。こんなことってあるのか』
あのマネキン人形の指にはめられていた結婚指輪のイニシャルが私と同じR.O。
白い子犬を連れたおばあちゃんが、ネックレスにしていた結婚指輪のイニシャルもR.O。
そして、そのおばあちゃんの通夜が,なぜか、いま階下で行われている。
『イニシャルだけではなくて,名前まで同姓同名なんて』『こんなことって』
あまりの偶然の積み重ねに,私はただ呆然としていた。
『こんなことって』『こんなことって』
「でね」おばあさんの声が聞こえてきた。「中学の卒業式の日に、おじいちゃんからプロポーズされたんだよ」
「お前は,俺の嫁さんになるんだから、俺が迎えにいくまでまってろ。てね」
娘は笑みを浮かべる。「ごちそうさま。二人ともおませさんだったのね」「でも、素敵なプロポーズね」
「お兄さんの受け売りだったらしいけどね」
「それから,また、お互いの家を行ったり来たりするようになって、時々,四人で映画に行ったり、食事に行ったりする事もあったんだけど」
「お姉さんとお兄さんは、そんな時も二人の付き添いって感じで、二人だけで会うってこともなかったんだけど」
「あの日,あの日の朝。ぽつりとお姉さんが、倫太郎さんと約束しているのって。決まっていた事なのねっていって、あの公園に出掛けていったわ。大好きなひまわり模様のワンピースを着て」
「そう,その日,二人のはじめてのデートの日。神様も罪な事をするもんだねえ」
「夜勤明けで,会社からオートバイで帰る途中,事故を起こしてね。小雨が降っていたから,スリップでもしたのか、転倒して頭を強く打ったらしいんだよ。すぐに病院に行けば良かったのかも知れないんだけど」
「傷はほとんどなかったんだけど,脳内出血してたみたいでね」
「あの桜の木の下でね。お姉さんの膝枕で、まるで眠っているようだった。小雨がキラキラ輝いて舞っていてね。それはそれは,本当に美しかった」
娘の眼には涙が浮かんでいた。「亡くなっていたの」
「そう。お兄さんが持ってきたんだろうね。真っ白い透き徹るようなウエディングドレスを、片手で胸に抱きしめながら、しきりにお兄さんの唇をなぞっていたね」
「でも,不思議と泣いてはいなかった。ただ,慈しむように唇をなぞりながら、おばあちゃんたちには聞き取れなかったけど,何かを語りかけているようだったね」
目の前に深い闇が広がっていた。
「何を話していたんだろう」
二人の会話が遠くなっていく。
「なんだろうね」
胸が締め付けられ、頭の中を、時おり光が走る。

2008.08.04 Mon l 小説・桜の花嫁 l コメント (0) トラックバック (0) l top
霙舞う夕暮れのこの寒さを覚えておこう
爪きる音さえも響く小部屋で
再び抱き合う二人のひと時のもどかしさを覚えておこう
不可能な同化の怨みを籠めて
激しい愛撫を繰り返し
乱れた呼吸の幸せを
あなたの乳房に人差し指で刻んだ真実を覚えておこう
染着いた人影に呟く事で
密かに堪えてきたきた愛が美しくなかったとしても
寂しい愛し方しか知らなかった私は
ただ在るという平凡な驚きに
言葉にしがみつき
霙舞う街角に立ったまま夢をみる事ができるだろう

2008.08.03 Sun l l コメント (0) トラックバック (0) l top

夜空の十字架に烏鳴き
死の笑い零れる季節
肉体の墓場に雨けむり
毒蛇の冷たさを育てるナルシストを抹殺する
故郷は解釈を望んでいない。
全てのものから拒絶され
自らを流出し
事物そのものへと変貌する
加速された悲しみが美しい季節を殺したとしても
巡りくる朝の問いかけの生が終わる事はない
生きていても
死んでいても
すれ違う愛は静止する事なく
無数の心中死体を浮かび上がらせる
へびのぼらず
ことりとまらず
ただ青い果実が冬を越す森のように
出会いの方程式の中で
毒蛇は産まれ続け
東の空で烏 鳴く
2008.08.02 Sat l l コメント (0) トラックバック (0) l top
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